千葉家庭裁判所市川出張所 平成7年(家)777号 審判 1996年5月23日
申立人 李洋
主文
申立人の名「洋」を「洋秀」と変更することを許可する。
理由
第1申立ての趣旨及び実情
1 申立ての趣旨
主文同旨
2 申立ての実情
申立人は、1951年(昭和26年)1月4日朝鮮人○○○と母○○○○との間の長男として愛知県○○市に出生し、「洋」と命名され、その旨同市長に届出されたが、現在、大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有し、同国内に本籍地のある在日韓国人(特別永住者)であり、日本国における外国人登録上の氏名も「李洋」である。
「李洋」は、韓国語・朝鮮語で「イ・ヤン」と読まれ、「イ・ヤン」という言葉は、韓国語・朝鮮語で「この羊」という意味であって、動物を思わせるもので、韓国では人名としては珍名・奇名とされるものであるから、申立人は、高校3年から通名として「洋秀」(韓国語・朝鮮語で「ヤンス」)を使用し、現在に至っている。
よって、永年使用を理由に、申立ての趣旨記載の審判を求める。
第2当裁判所の認定事実及び法律判断
一件記録(家庭裁判所調査官○○○○作成の各調査報告書を含む)及び申立人本人の審問の結果による当裁判所の認定事実及び法律判断は、次のとおりである。
1 認定事実
(1) 申立人について
申立人は、朝鮮人の父○○○と日本人の母○○○○との間の長男として、昭和26年(1951年)1月4日愛知県○○市内で出生し、「洋」と命名され、その旨同市長に届出され、韓国の国籍を有し、同国内に本籍地のある在日韓国人(特別永住者)であるが、出生以来わが国に居住し、現在肩書地に住所を有し、将来もわが国に永住し、本国である韓国へ帰国する意思のない者である。
なお、申立人については、わが国において次のような外国人登録がなされている。
<1> 国籍 韓国
<3> 氏名 李洋
<3> 在留資格 特別永住者
<4> 通称名 ○○○○
<5> 居住地 ○○市○○○×丁目××番××号
(2) 申立人の氏名と通名「洋秀」の永年使用について
申立人の氏名は「李洋」であり、「李洋」は韓国語・朝鮮語で「イ・ヤン」と読まれ、「イ・ヤン」は韓国語・朝鮮語で「この羊」という意味であって、動物を思わせるもので、韓国では人名として珍奇であり、同胞から忌み嫌われ、到底使用され得ない奇名とされるものである。
また、韓民族には行列(韓国語・朝鮮語で「ハンヨル」といい、血統連絡関係における上下の順序)文字の一字を名に付する慣習がある。これは、同族であり、かつ、同一世代の者の名に「木、火、土、金、水」の順で一字の同一の漢字を付するもので、名に行列文字が付されていない者は、同族から同族の一員として認められず、一族から排斥されるものである。
ちなみち、申立人の同族同一世代の行列文字は「秀」とされている。
これらの理由から、申立人は、18歳(高校3年生)の昭和44年(1969年)から、担任教師の助言もあって、通名として「洋秀」(韓国語・朝鮮語の読み方で「ヤンス」)を使用することとなり、以後今日まで25年余り通名「洋秀」を使用し、現在、交友関係、職場関係その他、社会生活全般において、申立人の名として「洋秀」が定着し、「洋」が申立人を認識させる機能を果たさなくなっている。
2 法律判断
(1) 国際裁判管轄権等について
いわゆる氏名変更事件の国際裁判管轄権について、わが国の現行法においては明文の規定がない。
人の氏名は、公の文書に記載又は登録されて、その者の属する国の行政的監督に服せしめられるのが通常であるから、氏名の変更は、原則としてそれが記載又は登録されるその者の本国に国際裁判管轄権を認めるのが相当である。
しかしながら、本国にのみ国際裁判管轄権を認めると、本国を離れて住所地国に永住している外国人に不便を強いる結果となるので、氏名変更の裁判が本国で承認されることが明らかな場合には、例外的に住所地国にも管轄権を認めるのが相当である。
そこで、これを本件についてみると、申立人は、前記認定のとおり、韓国の国籍を有し、同国内に本籍地のある在日韓国人(特別永住者)であるが、わが国で出生し、以後現在までわが国に居住し、将来もわが国に永住することを希望し、本国である韓国へ帰国する意思がない者であるから、例外的にわが国の裁判所にも国際裁判管轄権を認めるのが相当である。
しかるところ、申立人の住所は、前記認定のとおり、千葉県○○市内にあるから、本件については当裁判所が国内裁判管轄権を有することとなる。
(2) 準拠法について
いわゆる氏名変更事件は、氏名権という一種の人格権に関するもので、その準拠法は一般原則として本人の属人法によるものと解すべきところ、わが法例には明文の規定を欠くので、条理により、原則として本人の本国法によるべきものと解する。
そうすると、申立人の本国は前記のとおり韓国であるから、本件は韓国法が準拠法となる。
(3) 韓国法による改名について
韓国の戸籍法第113条第1項は「改名しようとする者は、本籍地又は住所地を管轄する家庭法院の許可を得た日から1か月以内に申告しなければならない」旨規定し、改名許可は家庭法院の権限とされている。
従って、当裁判所は、本件につき本件を管轄する韓国の家庭法院の権限を代行することができるものと解する。
しかるところ、同法は、改名がいかなる要件を具備した場合に家庭法院により許可されるかについて、全く規定していない。
しかしながら、同法に基づく改名は正当な事由のある限り、比較的容易に許可されているようであって、例えば、<1>わが国の統治下にあって、いわゆる創氏改名が行なわれた当時、作名された日本流の名を韓国流の名に改めるとき、<2>慣習として行なわれている前記行列に従って改名するとき、<3>戸籍上の名と異なる社会的に通用している名(通名)に改名するとき、<4>その他難解、難読又は珍奇な名で社会生活上はなはだしく不便であることによる改名などは、改名に正当な事由がある場合とされているようであるが、改名の許可を容易にすることによって、個人についての同一性の認識を害し、更に社会一般に支障を与えることのないように改名の許可については慎重を期すべきであるとされているようである。
そこで、これを本件についてみると、申立人は、前記認定のとおり、氏名の「李洋」が韓国語等で珍名・奇名であることから、韓民族の慣習とされる行列に従って行列文字「秀」を付した通名「洋秀」を25年余の長期間にわたり使用し、「洋秀」が申立人の名として社会的に通用・定着し、個人についての同一性の認識を害するおそれがなく、また、社会一般に支障を与えるおそれがないものと認められるから、申立人の名「洋」を「洋秀」に変更することは、韓国の戸籍法上も正当な事由があるとして許可されるものと思料する。
3 むすび
よって、本件申立ては、理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 小林眞夫)